中国式管理ブログ

ー被管理者のための管理の教科書ー

周恩来総理の書籍の隣に。。。

  ブログネタを書き貯めてはいるが、いろいろと仕事、プライベートに忙しくし、まだ愚図愚図と出せないでいたら、本日はまた出版社から《中国式管理》の広告を出して頂きました。f:id:m-uchi2207:20191215182725j:image

  よくと見ると、なんと周恩来総理の書籍の隣に掲載して頂いたではないか!f:id:m-uchi2207:20191215183246j:image

  実に狂喜乱舞である。感激、感涙、感動の極み。我々世代の憧れである周恩来総理の書籍の隣とは、これ以上にない励みになります。末代の誉れになります。頑張ってブログを書いて、もっともっとみんなに中国式管理を知って幸せになってほしい!

  かつて周恩来総理が東京に遊学していたごろの書籍を買って読んだことを思い出して、引っ張り出してみた。

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アメリカ式管理のジレンマ2

  システム化すれば、そこがゴールで全てが終わると、おそらく全ての人は思っていたと思います。もちろん私も思っていました。

  しかし、本当のところ、システムは形があるために、成立するとともに「変化」という砂嵐に晒されることになる。システムという大きな果実に酔いしれる私たちは、この事実を見落とし、もしくは全く見えなくなってしまう。

  この最たるは日本の年金制度ではないだろうか?開始してから、60年近くもの間、そのシステムを信じて疑わなかったと思います。つまるところ、世の中が変わるとは思っていなかったのである。そしてシステムはその変化に対応できるように変えていかないといけないことに気がつかなかったのである。

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  中国式管理は、えらいすごいことを言うものである。「計画の立案から、計画の決議討論、計画の着手施工に至るまで、すでにいくつもの変化が生じ、計画を部分的に調整せざるを得ないようにさせている。」

  日本人や、長く日本に住む者としては、計画が可決された後も変更どころか、変わらなければならない、とは夢にも思わないものであります。

アメリカ式管理のジレンマ1

  システム化で全ての問題が解決できると大勢の人が考えたと思います。かく言う私も仕事して10年近くまでは絶大に信頼しておりました。

  しかし、20年前にアメリカでは、すでに人的パワーの総動員ができないという悩みをかかげていました。その当時、人のやる気であるモチベーション(動機づけ)を中心に行動科学が提議されていました。すでに我々が学生の頃の話である。

  歯車として単純化して振舞ってもらいたかった「人」が、却ってアメリカ式管理のジレンマとなってしまったのです。

  科学管理法を検証するホーソン実験において、選ばれた従業員たちが自分が選ばれ、優秀であるという心理から、通常想定していた生産数より多く生産できたという事象が発生しています。

  中国内戦では、100万の中国共産党軍が粗末な武器で、4倍の装備も補給も充足な国民党軍に打ち勝つ。この間にいくつもの原因はあるにせよ、全てに貧弱ゆえに、人の知恵が大きく共産党側に働いたことは否めない事実であります。

  アメリカ式管理の平準化、平均化だけでは、これらの人の力を引き出すことができないものであります。

アメリカ式管理の強み

  アメリカ式管理の精髄は、なんと言っても、「システム化」に他ならないだろう。創意のあるアイディアがあれば、その背景にある心理、経緯を排除し、誰でも使えるように単純化していく。ベルトコンベア、年金システムを例に取れば、徹底的した作業の効率化で、誰が実施しても同じ。果物から水分を全て飛ばして、ドライフルーツに変えて提供するのに長けています。

  しかし近年、我が国の年金制度に見られるように、その背景にある思想を疎かにしたために、年金の納入者と受給者の人数が逆転して、受給者の生活がどんどん苦しくなってきている現状があります。

  システムの背景にある心理、経緯は無用な長物ではない。ドライフルーツを食するにも、唾液で戻して噛み砕く必要があります。だが、システム化には理解なく使えるという便利さがあるため、人を油断させてしまう。丸のみで何か大事なことを欠落させてしまう。

  ベルトコンベアにおいても、作業員に考えさせるトヨタ方式によって、進化させ否定させている部分があります。

  果物の水分は、我々には美味しくて、十分に必要なものです。これを取り込むには、どのようにすべきだろうか。

日本の管理思想の現状

  敗戦、そしてGHQ進駐で、我が国がアメリカの民主主義と、自由主義経済を受け入れることになりました。そのことが日本が方向転換し、大きく発展することにつながったと思います。

  そして経済復興、高度経済成長。数知れないアメリカの科学、技術、政治思想、社会システムが導入され、活用されてきました。そうすることで、繁栄と発展をも大いに享受してきました。

  数々の成功事例が、アメリカの先進性、その考え方の有効性を確実に、明確に証明してきました。この数々の成功事例を背景に、アメリカ式管理が導入され、さらにその成功をテコに繁殖し、そしてアメリカ式管理に傾倒するようになることも仕方のないことのように感じます。

  さて、管理において、アメリカ独裁になったこの現状で、我々は一体どれだけアメリカ式管理を理解しているでしょうか?

  アメリカ式管理の強みは何か。

  アメリカ式管理のジレンマは。

生活が苦しい正体は?

  参議院選挙の番組を見ていると、取材に対して、生活が苦しいとのコメントが多く寄せられていました。昭和末期から、平成期を通して、我々は常にぼんやりとした不安に苛まれてきました。高度経済成長、バブル崩壊心理的に大きな爪痕を残し、心のよりどころを失わせました。

  ぼんやりというのは、実は確かな心のよりどころがないがために、現状を見ることを恐れるあまり、見ても見えず、聞いても聞こえず、食してもその味が分からなくなってしまう状態ではないだろうか?

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  時を経て、今となってはっきりと分かることは、高度経済成長のがんばりは決して、心のよりどころの最善のゴールではなかったこと。

  そして、心のよりどころは常に不変なものではなく、時代とともに変わっていくものであること。

  それならば、今こそイチロー選手が常に進化し続けるように、心のよりどころをバージョンアップして行くべきではないでしょうか。

3ヶ月の休養を経て

  出版してから3ヶ月間、翻訳出版するまで十数年走り続けてきた疲れを癒しながら、出版状況や人々の反応を静観してきました。この間、以下の成果を得ることができました。

立教大学図書館に採用されました。


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  編集長に連絡をもらった時は、本当にうれしかった。常々日本と中国の架け橋の役割を果たしたいと願っていた私としては、これまでブリッジSEとしていくつかの開発プロジェクトに携わり、日中間をつなぐ役割を果たしてきたとはいえ、さらに大勢の人に役に立ち、評価されたことは、歓喜に堪えないことでした。

毎日新聞が7月3日(水)付けの紙面に、書評を書いて頂いて、掲載して頂きました。

http://duan.jp/news/jp/20190703.htm


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  本書をお読み頂いて、中国の爆発的な経済成長の原因を中国式管理に求めるという、新しい視点にいたく感心させられました。

  日本人に非常に親和性が高いとも言って頂きました。アメリカ式管理一辺倒になるまで、戦前の明治、大正、昭和初期は愚か、経営の神様である松下幸之助にまで、東洋哲学は色濃く影響されていると思います。中国式管理もまたその東洋哲学に基づいており、日本人にとって真っ新しいことではなく、過去への回帰であるはずです。

  経営と管理の違いすら知らなかったのに、読みやすく勉強になったとのコメントも頂きました。私のようなエンジニアですら読んで、役に立ったのだから、当然だと思います。その上、三国志の逸話、古典を引き合いに出しながら、面白くも説明している。管理者、被管理者、自己啓発者、幅広い人が読んで人生に役に立つはずだと思います。